- 2025/09/11 (Thu)
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- 2008/10/19 (Sun)
書きかけ夢の詰め合わせ
なんか書きかけてるのがあったので折角だから載せちゃえ的な感じで。名前変換ついてないのである意味自己満足用。書きかけっていうのがちょっと痛い・・・たぶん書いてる途中にスタミナが切れたか、先が思いつかなかったかのどっちか。
計5つ
幻想水滸伝 ルック夢(ほのぼの?)
BLEACH ギン夢(なんか暗い)
コードギアス ルルーシュ夢(猫パロの予定/逆トリップ)
幽遊白書 蔵馬夢(シリアスチック)
一次創作(学園ものになる予定だった)
計5つ
幻想水滸伝 ルック夢(ほのぼの?)
BLEACH ギン夢(なんか暗い)
コードギアス ルルーシュ夢(猫パロの予定/逆トリップ)
幽遊白書 蔵馬夢(シリアスチック)
一次創作(学園ものになる予定だった)
風はいつも優しく私を包んでくれるもの。
反則
あの悲しい解放戦争から幾月かの月日がたった。解放軍のリーダーは最後の戦い後、人知れず魂を食らうとする紋章、ソウルイーターと共に闇に消えていった。かつて彼と戦いに身を投じていた者も、今ではそんなこともあったなぁ、と酒を飲みかわす日々である。
風の魔術師ルックとそんな彼の妹弟子である魔術師メイも例外ではなかった。二人はホームである魔術師の塔に帰ってきていた。約一年にも続く戦いが終わってやっと区切りが付いたのだ。久しぶりに見る魔術師の塔はどこか懐かしく、メイは心の奥に暖かい蝋燭が灯るのを感じた。きっとルックもそう感じていたはずだ、と後にメイは語る。
一歩一歩レックナートのいる大広間まで階段を上がっていく。ルックとしては正直なところ、こんな七めんどくさいことなどする必要は皆無なのだが、メイはまだ魔法を上手く制御できなかったので、ルックもこうしてメイに付き合っている。塔の床は思いの外冷淡で、静かな塔内に二人分のかつん、かつんと靴の音が響く。
「ルック、よかったね」
無機質な階段を登りながらルックより一段下の方でメイが嬉しそうにルックに話し掛けた。話し掛けられたルックとしてはメイが何を思ってそう口にしたのかはさっぱりだが、メイは未だニコニコと嬉しそうにしている。
「何が、」
「だってレックナート様に会えるでしょ?」
ルックの言葉を遮って、メイはタタンッと軽快なリズムでルックを追い抜いた。レックナート様に会うのは嬉しくないの?とルックは振り返りざまに目で問われる。
「・・・・・・」
ルックはメイの顔を思わず凝視した。鈍い。というかこれは誤解でもされているのだろうか。ルックはもう一度メイを見つめる。メイはというと言うまでもなくニコニコ。ルックはため息をつきたい気分になった。メイの鈍感さと己の腑甲斐なさに、だ。
数秒の間、そんなことを考え、ルックは口を開いた。
「ただの尊敬する師だよ、あの人は。メイが何を勘違いしてるのかは知らないけど」
「・・・そうなの?」
「二度同じことを言うのは嫌いだよ」
「あはは! ルックらしいね。でもつまんないのー」
「メイ」
まだ(見掛け上では)人の色恋沙汰に興味がある年ごろのメイだったが、ルックにこれ以上この話はおしまいだと言われてはメイは黙るしかない。なにせ嫌という程、過ごした年月の長さからルックの怒ったときの「切り裂き」という一言の恐怖をメイは経験している。
「メイ」
ルックの声とはまた違ったその声に名を呼ばれたメイは顔をぱぁっと明るくさせた。ルックはそんなメイとは対照的に顔を嫌そうにしかめた。
「レックナート様!」
メイは満面の笑みでレックナートに飛び付く。どん、と軽い衝撃と同時にレックナートはメイを受けとめ、もう一人の弟子であるルックへと顔を向き合った。
「おかえりなさい、ルック」
「ただいま、レックナート様!」
暗い、光の遮断された空間。
海の底というわけでもないのに、そこは雪名にはひどく息苦しく感じられた。目の前には男。死神だ。だが、そのへんの死神とは格が違った。一応、10番隊で席がある雪名だが、この男にはどうしても勝てないと本能が警告していた。危険だ、逃げろと。
その男の名は――市丸 ギン。
捕われる
「・・・御用はそれだけでしょうか? ならば、私はこれで――」
雪名はそう口早に告げ、この息苦しい空間から出ようとした。
本来ならこの雪名の行いは失礼極まりなかったが、雪名にはそんなことを気にしているような余裕なんてなかった。何しろ自分の命がかかっているのだから。できるだけ、この目の前の男から離れたかった。
それはまるで肉食動物と草食動物のような関係。
「まだ返事聞いてへんよ。今聞かしてくれる?」
冷ややかな声のギンの方には目も触れず進んでいた雪名の足が震えるようにして止まった。そして、ゆっくりと何の感情もこもってないかのように作った無表情でギンへと振り向いた。
「・・・正気ですか?――戸魂界を裏切るなんて」
顔の表情までは作ることができたようだが、雪名の声は震えていた。そのことがまたギンを水面下で喜ばせる。
「もちろん僕は正気やで?」
「なら、なぜ」
「さぁ、なんでやろ」
「市丸隊長」
戸魂界を裏切る、つまりはすべての死神を敵に回すということだ。隊長格や総隊長までも。それなのに恐ろしくはないのだろうか、この男。雪名は恐ろしい。もしも、と仮定することすら。それは雪名が自分の力量を弁えているからで、そこそこ強いといっても総隊長に牙を向くつもりなど到底ないのだ。
「なぜ、あなた程の方が・・・・・・」
「君はこの世界が良いもんやと思ってるん?」
「それは・・・?」
脈絡のないギンの言葉。ギンのいう「この世界」というのは戸魂界とみてまず間違いないだろう。だとすれば雪名にはなおさらギンの意図が掴めなかった。
雪名は中級貴族の出だった。聡明な姉にかわいい弟。そして厳格な父とそんな父をなだめる温和な母。幸せだった。足りないものなどどこにもなく、ただ何不自由なく雪名は今まで生きてきた。雪名にとっては戸魂界はまるでエデンのような世界だった。今、こうして恐怖と向き合っている時でさえ。
「あぁ、何も知らないお嬢ちゃんには難しいかな」
事実、雪名には答えを持たない。この世界が良いものか、と問われて瞬時に縦に頷くことは容易いが、ギンはそれを望んでいないだろう。陳腐な解答など、力の前では意味を持たない。強大な力の前で己を保つためにはそれなりの意志が必要となる。しかし、雪名にはそれがない。それに加えて、英才教育のせいか、中途半端な頭が雪名の行動を束縛した。
「お前がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアか」
灰色の魔女は告げる。
唐突に少年の前に現われて。
「な、何故お前がその名を知っている!? ・・・・・・お前は一体」
「孤独の王たる資質を持つ者よ。お前の世界はまだ終わってなどいない」
灰色の魔女は予言する。
少年の行く道を。
「何をふざけたことを・・・答えろ、お前は何者だ?」
「ルルーシュ、お前にはまだすべてを諦めるには早すぎる。お前は閉じ込められた箱の中の世界で光がないと喚いているだけだ。――光など、とうの昔から存在しているのにな・・・。さぁ、孤独の王よ。世界を見てくるがよい。その目で」
「! これは・・・おい! 俺に一体何をした!?」
「さっき私の名を問うたな。私はC.C.。お前達人間共からは魔女、と呼ばれている存在だ」
「人の話を聞け!」
「さっきから・・・お前の話ならこうして聞いているだろう。あぁ、もう消えかかっているな。ルルーシュ、一ついいことを教えてやろう。その魔法はな――」
キャットマジック
月が綺麗な夜だった。
確か十五夜が近いとかニュースで言っていたような気がする。
真由子は上を仰ぎ見た。
なるほど、十五夜が近いとはっきりわかりような澄んだ、楕円系の月がそこには輝いていた。
月を見ると何故か真由子は自分の心があの輝く月と同じように徐々に澄んで、清らかになっていくような、そんな感覚に陥ってしまうことが度々あった。
そのせいか、真由子は人一倍月に対して神聖視していた。
だから、真由子は夜、街に出るときはいつも誰も通らないような街灯の少ない道を通る。
月を眺めたいがためだけに。
もちろん、変質者対策は万全で、いざとなったら相手の目にスプレーを噴射できる準備もできている。
これなら多少相手に隙ができ、逃げられるだろう。たぶん。
もしかしたら、夜の道に慣れていたのかもしれない。
だから、ガサッと道のわきにある茂みから物音がしたとき、真由子は心臓が凍ったかと思った。
こんなことは今までなかった。
必死に頭を働かす。
人か?
それならばと思い、真由子はカバンからスプレーをゆっくり取り上げた。
LOVELESS
夕暮れに染まる人気のない校舎の中を少女――如月 五月は息を切らして走り抜けていた。ある程度走ったかと思うと今度は壁に背を預け、ずるずるとそのまま地面へと落ちていった。
五月の苦しげな吐息だけがその場に響く。
五月はひどく動揺していた。心臓に手を当てて、深呼吸もしてみたがそれでも五月の鼓動は早鐘のように早い。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか、と一瞬過去を振り返ってみようと思ったが、今の五月にはそのようなことを気にする余裕も、気力もない。とにかく、疲れ果てていたのだ。
五月はこの盟王学園の生徒で、普段の彼女はこんな風に取り乱したりすることなどあまりない。むしろ、クラスの隅で一人、いつも読書をしているイメージの強い生徒だ。おとなしめで、あまり自己主張もしない。そんな五月の印象は透明な水を思わせる。美しく、毅然としていて、儚いような。
だが、水は何らかの影響をも受けやすい。絵の具を垂らせば、色に染まる。息を吹きかければ、水面は揺れる。加熱すれば、気体となり、また冷却すれば固体となる。
五月は今までも、そしてこれからもこの変化を受け続け、そして受け入れていくだろう、という実感があった。何しろ、今月に入って、もうこの状況は片手では足りないほどだ。いいかげんにしてほしい。そろそろ精神的にも体力的にも限界が来ているのだから。何より、これ以上この状況を打開するような運も既に尽きているようだ。
荒く息をするが一向に五月の息は収まらない。いつまでも五月の体は小刻みに震えていたし、五月の顔は依然として青ざめたままだった。自分は何かしてしまったのだろうか、と五月が自分の体質をも恨みかけたその時、複数の足音が五月の耳に飛び込んできた。ざっと人数にして、三、四人。
五月は震える体に鞭打つように、静かに、物音を立てないようにゆっくりと腰を低くして立ち上がった。隠れなければ。やつらに見つからないところに。早く。早く、足を走らせようとするも、なかなか五月の足は進んではくれない。一歩、一歩ゆっくりとしか進まない。それでも、まだ彼らとの距離はあるようで少し、ほんの少しだけれども余裕があった。
やっとのことで階段の近くまできたようだ。ここは北館の二階。五月は心底安堵した。これであとは階段を下りて、玄関まで走って校舎を出るだけ。校舎を出たら、いくらでも人がいる。
人がいる。それだけで心強くなれるものだ。赤信号、皆でわたれば怖くない、とはまた違っているかもしれないがニュアンスは同じであろう。
とにかく、やるべきことは理解した。あとはそれを実行するだけだ。口で言うのは簡単だが、実際は途方もなく困難な道のりだということを五月は知っていた。それでも、彼らに捕まるのは嫌だ。何故か良くない予感がするのだ。じっとりとした、黒い。
「・・・早く、ここから出なきゃ」
そう思ってはいても恐怖にすくむ足はなかなか動いてはくれない。こんなことならもっと体力をつけておくんだったと、五月は後悔したが、既に生じている事態を変えられるはずもなく。確実に先ほどよりも近づいてきている足音。
今なら名探偵に追い詰められた真犯人の気持ちがわかるような気がする。そんなものわかりたくもなかったが。
「よお、嬢ちゃん、もう鬼ごっこは終わりかい?」
尖った耳に、青緑色の肌、ギラギラと光る目、鋭い爪。一瞬でも隙を見せると、五月のような一般人は彼らの鋭い牙と爪の餌食にされてしまうだろう。五月はごくりと息を飲んだ。明らかに『ヒト』ではない『何か』。信じたくはなかったが、この前現れたのも彼らのお仲間だろう。
これはもしかしなくとも絶体絶命?
今まで、運が良かったのか、いつもこうなる前に誰かが通りかかったりして、上手く五月と彼らを引き離してくれていたのだ。その本人は意識しなくとも、五月にとってはまさにヒーローだった。でも今日という日には、そのヒーローも現れる様子がない。最早、天にも見放されたようだった。
じりじりと後ずさり、彼らから距離ととろうとするも、まったくの一般人である五月の行動はすぐに見破られてしまい、いつの間にか彼らの仲間の一人であろう男に左の腕を掴まれていた。痛い、そう思ったときには遅かった。五月の後ろには彼らの仲間であろう者がいて、五月がこれ以上引き下がることを阻んでいた。彼らは口々に「良くやった」などと言っているが、後ろの男は何一つ反応しなかった。男の隙をついて、五月はどうにかして拘束から逃れようとするが、後ろの男はびくともしなかった。
「――っ、離して! 私に触らないで!」
――甘い香り。
どこからかもれる酔ってしまいそうな甘い、花のような香りから早く、開放されたかった。異形の妖怪はこんなににおいをするのか、疑問に思ったが、五月がそれを知ってどうというわけでもない。それよりも、逃げなくては。
五月は叫んだ。滅多に声を張り上げることはないのだが、命が関わっているとなると話は別だ。それに、五月は極端に人に触れられるのを嫌う。この場合は人、といえるのかはなはだ疑問だが、とにかく、そう成らざるを得ない事情が五月にはあった。込み上げてくる嫌悪感。
「触らないでと言っているでしょう!」
「嬢ちゃん、威勢が良いな。だが、これから自分がどうなるのかわかっているのか?」
しかし、五月がいくら声を張り上げても、後ろの男が何かリアクションを起こす気配はなかった。代わりに、五月の目の前の彼らが答える。どうやら五月は彼らの不興を買ってしまったようだ。今にも飛び掛ってきそうな彼らは本気で、今、五月に殺意を向けていた。彼らの目に宿る怪しい光は、五月に逃げろ、と警告している。警告しているのだが、後ろにいる男のせいで逃げ出すこともできない。まさに絶対絶命。四面楚歌。
このままじゃ殺される――。
そう五月が死を予感した時だった。
「・・・そのままじっとしていてください」
迫り来る死を目を閉じて待っていた五月は驚いて目を開いた。五月の耳に小さく、五月だけに届いたその声は確かに後ろの男から聞こえてきた。それは五月に危害を及ぼそうとするような物騒な言葉じゃなくて、逆だった。五月を守ろうとしているような。
何故か五月はその声の主を信じてみようと思った。それは言うなれば、この男に命を預けるということ。顔も知らない男に。それでも、五月はその顔もしらない男を信じてもいいと思っていた。どうせ、あのままでは五月は何も抵抗することもなく、殺されていたのだから。それに、五月が男を信じる理由はもう一つあった。五月はその声の主、後ろの男の声を聞いたことがあったのだ。
すーっと、心が軽くなったような気がした。
彼らは五月の変化に気づいていないようで、少しずつ、少しずつ五月に近づいてくる。それでも五月はさっき言われたように動かなかった。
いつの間にか後ろにいた男の拘束は解けていて、五月の目の前には赤の世界が広がっていた。もう、何が赤かったのかすら五月にはわからなかった。目に映るものは赤い世界だけ。
むせ返る血のにおいを最後に、五月の意識は途切れた。
五月の苦しげな吐息だけがその場に響く。
五月はひどく動揺していた。心臓に手を当てて、深呼吸もしてみたがそれでも五月の鼓動は早鐘のように早い。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか、と一瞬過去を振り返ってみようと思ったが、今の五月にはそのようなことを気にする余裕も、気力もない。とにかく、疲れ果てていたのだ。
五月はこの盟王学園の生徒で、普段の彼女はこんな風に取り乱したりすることなどあまりない。むしろ、クラスの隅で一人、いつも読書をしているイメージの強い生徒だ。おとなしめで、あまり自己主張もしない。そんな五月の印象は透明な水を思わせる。美しく、毅然としていて、儚いような。
だが、水は何らかの影響をも受けやすい。絵の具を垂らせば、色に染まる。息を吹きかければ、水面は揺れる。加熱すれば、気体となり、また冷却すれば固体となる。
五月は今までも、そしてこれからもこの変化を受け続け、そして受け入れていくだろう、という実感があった。何しろ、今月に入って、もうこの状況は片手では足りないほどだ。いいかげんにしてほしい。そろそろ精神的にも体力的にも限界が来ているのだから。何より、これ以上この状況を打開するような運も既に尽きているようだ。
荒く息をするが一向に五月の息は収まらない。いつまでも五月の体は小刻みに震えていたし、五月の顔は依然として青ざめたままだった。自分は何かしてしまったのだろうか、と五月が自分の体質をも恨みかけたその時、複数の足音が五月の耳に飛び込んできた。ざっと人数にして、三、四人。
五月は震える体に鞭打つように、静かに、物音を立てないようにゆっくりと腰を低くして立ち上がった。隠れなければ。やつらに見つからないところに。早く。早く、足を走らせようとするも、なかなか五月の足は進んではくれない。一歩、一歩ゆっくりとしか進まない。それでも、まだ彼らとの距離はあるようで少し、ほんの少しだけれども余裕があった。
やっとのことで階段の近くまできたようだ。ここは北館の二階。五月は心底安堵した。これであとは階段を下りて、玄関まで走って校舎を出るだけ。校舎を出たら、いくらでも人がいる。
人がいる。それだけで心強くなれるものだ。赤信号、皆でわたれば怖くない、とはまた違っているかもしれないがニュアンスは同じであろう。
とにかく、やるべきことは理解した。あとはそれを実行するだけだ。口で言うのは簡単だが、実際は途方もなく困難な道のりだということを五月は知っていた。それでも、彼らに捕まるのは嫌だ。何故か良くない予感がするのだ。じっとりとした、黒い。
「・・・早く、ここから出なきゃ」
そう思ってはいても恐怖にすくむ足はなかなか動いてはくれない。こんなことならもっと体力をつけておくんだったと、五月は後悔したが、既に生じている事態を変えられるはずもなく。確実に先ほどよりも近づいてきている足音。
今なら名探偵に追い詰められた真犯人の気持ちがわかるような気がする。そんなものわかりたくもなかったが。
「よお、嬢ちゃん、もう鬼ごっこは終わりかい?」
尖った耳に、青緑色の肌、ギラギラと光る目、鋭い爪。一瞬でも隙を見せると、五月のような一般人は彼らの鋭い牙と爪の餌食にされてしまうだろう。五月はごくりと息を飲んだ。明らかに『ヒト』ではない『何か』。信じたくはなかったが、この前現れたのも彼らのお仲間だろう。
これはもしかしなくとも絶体絶命?
今まで、運が良かったのか、いつもこうなる前に誰かが通りかかったりして、上手く五月と彼らを引き離してくれていたのだ。その本人は意識しなくとも、五月にとってはまさにヒーローだった。でも今日という日には、そのヒーローも現れる様子がない。最早、天にも見放されたようだった。
じりじりと後ずさり、彼らから距離ととろうとするも、まったくの一般人である五月の行動はすぐに見破られてしまい、いつの間にか彼らの仲間の一人であろう男に左の腕を掴まれていた。痛い、そう思ったときには遅かった。五月の後ろには彼らの仲間であろう者がいて、五月がこれ以上引き下がることを阻んでいた。彼らは口々に「良くやった」などと言っているが、後ろの男は何一つ反応しなかった。男の隙をついて、五月はどうにかして拘束から逃れようとするが、後ろの男はびくともしなかった。
「――っ、離して! 私に触らないで!」
――甘い香り。
どこからかもれる酔ってしまいそうな甘い、花のような香りから早く、開放されたかった。異形の妖怪はこんなににおいをするのか、疑問に思ったが、五月がそれを知ってどうというわけでもない。それよりも、逃げなくては。
五月は叫んだ。滅多に声を張り上げることはないのだが、命が関わっているとなると話は別だ。それに、五月は極端に人に触れられるのを嫌う。この場合は人、といえるのかはなはだ疑問だが、とにかく、そう成らざるを得ない事情が五月にはあった。込み上げてくる嫌悪感。
「触らないでと言っているでしょう!」
「嬢ちゃん、威勢が良いな。だが、これから自分がどうなるのかわかっているのか?」
しかし、五月がいくら声を張り上げても、後ろの男が何かリアクションを起こす気配はなかった。代わりに、五月の目の前の彼らが答える。どうやら五月は彼らの不興を買ってしまったようだ。今にも飛び掛ってきそうな彼らは本気で、今、五月に殺意を向けていた。彼らの目に宿る怪しい光は、五月に逃げろ、と警告している。警告しているのだが、後ろにいる男のせいで逃げ出すこともできない。まさに絶対絶命。四面楚歌。
このままじゃ殺される――。
そう五月が死を予感した時だった。
「・・・そのままじっとしていてください」
迫り来る死を目を閉じて待っていた五月は驚いて目を開いた。五月の耳に小さく、五月だけに届いたその声は確かに後ろの男から聞こえてきた。それは五月に危害を及ぼそうとするような物騒な言葉じゃなくて、逆だった。五月を守ろうとしているような。
何故か五月はその声の主を信じてみようと思った。それは言うなれば、この男に命を預けるということ。顔も知らない男に。それでも、五月はその顔もしらない男を信じてもいいと思っていた。どうせ、あのままでは五月は何も抵抗することもなく、殺されていたのだから。それに、五月が男を信じる理由はもう一つあった。五月はその声の主、後ろの男の声を聞いたことがあったのだ。
すーっと、心が軽くなったような気がした。
彼らは五月の変化に気づいていないようで、少しずつ、少しずつ五月に近づいてくる。それでも五月はさっき言われたように動かなかった。
いつの間にか後ろにいた男の拘束は解けていて、五月の目の前には赤の世界が広がっていた。もう、何が赤かったのかすら五月にはわからなかった。目に映るものは赤い世界だけ。
むせ返る血のにおいを最後に、五月の意識は途切れた。
少年少女恋愛革命
常盤学院大学付属高等学校には一風変わった制度がある。その一風変わった制度が常盤学院大学付属高等学校(以下、常盤学院)を特別たらしめている。その制度に幸か不幸か巻き込まれた一人の女生徒、立花 鈴はそこに誰もいないことを確認してから大きくため息をついた。本来、常盤学院に限らず屋上とは立入禁止という場所なのだが、鈴は生徒会長の特権を使わな損という具合でフル活用していて、すでに屋上へと続く合鍵は会得している。合鍵を作り、屋上に入り浸るという行為にはそれなりのリスクが付きまとう。もしも教師達にばれたりでもしたら最悪、生徒会長OBとして大学に入った後もやっかいごとに巻き込まれることになる。良くても退学だ。このまま生徒会長として残りの学園生活を過ごすことは鈴にとっては砂漠でひからびてしまうことよりも堪え難いことなのだ。なぜそんなにも嫌なのに鈴が甘んじてこの状況を受け入れている、いや打開しないのはひとえに鈴の責任感の強さゆえである。
最悪役職続行、良くて退学というリスクは背負わないに限るのだが、そのリスクに見合うものが屋上にはあった。ここ、常盤学院の屋上は立ち入り禁止のくせにとても居心地が良く、まるで鈴がこうして使うことを始めから知っていたかのように、さまざまな手入れをしてある草花が屋上に入ったものを出迎えてくれる。鈴はその感覚をとても気に入っていた。なにせ、生徒会長となった今では唯一、ここと生徒会室でしか鈴が心を休まるときがない。いわば屋上は癒しの空間だった。
「先生のくそったれ」
生徒会長となって一週間、鈴は心身ともに疲れ切っていた。普段なら決して使わないような言葉も出てくる。鈴は自分を生徒会長へと推薦したあの担任を恨まない日はなかった。それどころかここ2、3日、気が付いたらシャーペンの芯をボキボキと折り散らしている自分がいるぐらいだった。いくら「人に優しく自分に厳しく」を信条にしている鈴だが、あの教師をいざ目の前にするとその信条はいつもどこかに吹き飛んでいる。
「浅城先生なんて馬にでも蹴られちゃえ」
この場合は女の子、にだろうか。浅城は鈴のクラスの担任で、化学教師だ。比較的年配の教師が多い常盤学院の中でただ一人の二十代、美青年とくれば今時の女子高生が放っておくはずがない。温和な瞳。黒ぶちの眼鏡。どこか冷たい印象の白衣でさえも浅城が着ればたちまち暖かなファーつきのコートのような温かみを持つから不思議だ。生徒からの人気ももちろん高い。ただ、鈴は、いやこの学園内で鈴だけは浅城を好いてはいない。
それは――
「こんなところにいましたか、立花さん」
すぐ後ろの方で声がするまで気付かなかった。鈴は苦い思いで振り返る。もしかしたらさっきの鈴の言葉も聞こえていたのかもしれない。でも、聞こえてなかったのかもしれない。
「ずっと、君を探していたんですよ」
浅城はまるで何も聞いていませんでした、とでも言うように鈴の左隣に並んで鈴ににっこりと微笑んだ。この瞬間に鈴は浅城から距離をとる。浅城の方に顔は向け、少しずつ右足、左足とスライドさせながら、この笑みだ、と鈴は細く整った眉を器用に寄せた。浅城の笑みは鈴から見ても綺麗だと思う。ゆったりと花開く蓮のような笑み。けれど、その完璧なほどの笑みのせいで肝心な浅城の心が見えないのだ。何を考えているのかわからない。これが鈴が浅城を苦手とする理由だった。鈴はそんな浅城を見るのが嫌で、またフェンスに向かい合って下を眺めた。
下の方では部活だろうか二列になって一定のペースで走っている生徒達の姿が見える。鈴には彼らが少し羨ましく思えて、また浅城へと目を移した。見ると、浅城も鈴と同じように彼らを見ていた。彼らを見る浅城の表情はとても優しくて、鈴はまた居心地が悪くなった。
「先生、私に何か用があったのでは?」
浅城が作り出す静寂は決して嫌なものではなかったが、鈴はその静寂を消そうとして口を開いた。浅城は改めて鈴がいたことを思い出したかのようで、少し考え込んだ後、ふにゃっと笑った。
(へ・・・?)
衝撃だった。今まで作り笑いのような表情しか鈴には見せたことのない浅城が、柔らかく目尻を下げて笑ったのだ。茶色がかった浅城の瞳には鈴だけが映っていて、初めて鈴は浅城の瞳の中に映る自分を見た。浅城の瞳の中に映っている鈴は軽く目を見開いていて、まばたきをすることすら忘れてしまっているかのようにただ鈴を見つめていた。
目の前の男は誰だ? わかっている。浅城だ。そう、あの苦手な浅城だ。そう脳が結論に辿り着いたとき、鈴は覚醒したようにパチっと深く瞬きをし、いつものように鋭く浅城をその瞳に映した。浅城はそんな鈴の変化を一瞬驚いたようだったが、またいつものように温和な笑みを浮かべた。鈴曰く「作った笑い」の。
「・・・・・・」
「その、ひどく言いづらいのですが」
「言ってください」
「・・・実はですね、忘れてしまったようです」
「え?」
浅城はびっくりなことを言ってくれた。忘れた、と浅城は言った。信じられないことに浅城は悪怯れる風もなく微笑んでいる。鈴は呆気にとられて閉口した。生徒会顧問がそれでいいのか。
「いや、でも忘れようと思って忘れたんじゃありませんよ?」
そんなこと言われなくてもわかっている、と鈴が睨みをきかしたせいか浅城は情けない、心底困ったような顔をした。いい年した大人がこれでいいのか、と思ったが、鈴はそれ以上浅城を責めはしなかった。いくら苦手な相手であろうと鈴は反省しているさらに相手を責め立てるほど冷酷な人間ではない。心なしか気まずそうにしている浅城を横目に見つつ、鈴は深くため息を吐いた。
「・・・・・・で?」
「で?」
「・・・一応、用件は済んだはずです。先生はいつまでここにいらっしゃるつもりですか?」
用件は済んだ、とは言い難かったが浅城にはもう鈴とこの場にいる理由などないはずだ。鈴はめんどくさそうに浅城を見た。手摺りに置いている白く細い鈴の右手にはめてある緑色のリングは左の手で覆いかぶされている。
「そうですね・・・・・・木村先生に呼び出されてしまっているのでそろそろ戻ります。立花さんは――」
「私はもう少しここで、」
あやうく思考に耽ってしまうところだった。鈴は内心苦笑しながら扉に向かう浅城にそう言い放った。もちろん浅城の方は見ずに。
「そうですか。この場所は風も気持ち良いですからね」
鈴は依然として浅城の方を見なかったが、心の中で肯定した。事実、そうであったからだ。浅城もそれを了承したらしく、軽く手を振って屋上から去っていった。
浅城がいなくなった後、鈴はそっと左手の指輪に触れた。鈴がはめているその指輪は今は亡き祖母から譲り受けたものだった。祖母によるとおまじないが指輪にはかかっているらしい。鈴は半信半疑だが。けれど、祖母の形見なのでいつもできるだけ身につけるようにしている。
「おばぁちゃん・・・」
いつも祖母のことを考えると涙が出そうになる。暖かい笑顔、目尻のしわ。祖母はいつも笑っていた。
「――」
「あ、立花さん! 思い出しましたよ!――確か夏目くんが探していました」
「! 先生・・・・・・は、はい、わかりました。――って、もっと早く言ってください!」
さっきまで感傷的な気分に浸っていたのに、浅城の衝撃発言のせいで、今、鈴は軽くパニックに陥っている。よりにもよって夏目なんて! ドアから半分だけにこやかな笑顔を覗かせている浅城が憎らしかった。
「あははー、すみませんでした。それよりいいんですか? 夏目くんは。それじゃあ僕は会議があるようなので」
「わ、私も失礼します!」
「ははは、頑張ってくださいね、立花さん」
そう言った浅城の目の前を鈴は目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。風が吹き抜け、浅城は腕で目を覆った。次に自分が目を開いた瞬間、浅城には鈴がもう屋上にはいないことがわかっていた。
「――立花さん、指輪は校則違反ですよ」
それでも、顔が自然と緩んでしまうのは、彼らがあまりにも可愛らしかったからかもしれない。浅城は白衣からシガレットケースを取出し、その中の一本に火を点けた。
「・・・苦っ」
常盤学院大学付属高等学校には一風変わった制度がある。その一風変わった制度が常盤学院大学付属高等学校(以下、常盤学院)を特別たらしめている。その制度に幸か不幸か巻き込まれた一人の女生徒、立花 鈴はそこに誰もいないことを確認してから大きくため息をついた。本来、常盤学院に限らず屋上とは立入禁止という場所なのだが、鈴は生徒会長の特権を使わな損という具合でフル活用していて、すでに屋上へと続く合鍵は会得している。合鍵を作り、屋上に入り浸るという行為にはそれなりのリスクが付きまとう。もしも教師達にばれたりでもしたら最悪、生徒会長OBとして大学に入った後もやっかいごとに巻き込まれることになる。良くても退学だ。このまま生徒会長として残りの学園生活を過ごすことは鈴にとっては砂漠でひからびてしまうことよりも堪え難いことなのだ。なぜそんなにも嫌なのに鈴が甘んじてこの状況を受け入れている、いや打開しないのはひとえに鈴の責任感の強さゆえである。
最悪役職続行、良くて退学というリスクは背負わないに限るのだが、そのリスクに見合うものが屋上にはあった。ここ、常盤学院の屋上は立ち入り禁止のくせにとても居心地が良く、まるで鈴がこうして使うことを始めから知っていたかのように、さまざまな手入れをしてある草花が屋上に入ったものを出迎えてくれる。鈴はその感覚をとても気に入っていた。なにせ、生徒会長となった今では唯一、ここと生徒会室でしか鈴が心を休まるときがない。いわば屋上は癒しの空間だった。
「先生のくそったれ」
生徒会長となって一週間、鈴は心身ともに疲れ切っていた。普段なら決して使わないような言葉も出てくる。鈴は自分を生徒会長へと推薦したあの担任を恨まない日はなかった。それどころかここ2、3日、気が付いたらシャーペンの芯をボキボキと折り散らしている自分がいるぐらいだった。いくら「人に優しく自分に厳しく」を信条にしている鈴だが、あの教師をいざ目の前にするとその信条はいつもどこかに吹き飛んでいる。
「浅城先生なんて馬にでも蹴られちゃえ」
この場合は女の子、にだろうか。浅城は鈴のクラスの担任で、化学教師だ。比較的年配の教師が多い常盤学院の中でただ一人の二十代、美青年とくれば今時の女子高生が放っておくはずがない。温和な瞳。黒ぶちの眼鏡。どこか冷たい印象の白衣でさえも浅城が着ればたちまち暖かなファーつきのコートのような温かみを持つから不思議だ。生徒からの人気ももちろん高い。ただ、鈴は、いやこの学園内で鈴だけは浅城を好いてはいない。
それは――
「こんなところにいましたか、立花さん」
すぐ後ろの方で声がするまで気付かなかった。鈴は苦い思いで振り返る。もしかしたらさっきの鈴の言葉も聞こえていたのかもしれない。でも、聞こえてなかったのかもしれない。
「ずっと、君を探していたんですよ」
浅城はまるで何も聞いていませんでした、とでも言うように鈴の左隣に並んで鈴ににっこりと微笑んだ。この瞬間に鈴は浅城から距離をとる。浅城の方に顔は向け、少しずつ右足、左足とスライドさせながら、この笑みだ、と鈴は細く整った眉を器用に寄せた。浅城の笑みは鈴から見ても綺麗だと思う。ゆったりと花開く蓮のような笑み。けれど、その完璧なほどの笑みのせいで肝心な浅城の心が見えないのだ。何を考えているのかわからない。これが鈴が浅城を苦手とする理由だった。鈴はそんな浅城を見るのが嫌で、またフェンスに向かい合って下を眺めた。
下の方では部活だろうか二列になって一定のペースで走っている生徒達の姿が見える。鈴には彼らが少し羨ましく思えて、また浅城へと目を移した。見ると、浅城も鈴と同じように彼らを見ていた。彼らを見る浅城の表情はとても優しくて、鈴はまた居心地が悪くなった。
「先生、私に何か用があったのでは?」
浅城が作り出す静寂は決して嫌なものではなかったが、鈴はその静寂を消そうとして口を開いた。浅城は改めて鈴がいたことを思い出したかのようで、少し考え込んだ後、ふにゃっと笑った。
(へ・・・?)
衝撃だった。今まで作り笑いのような表情しか鈴には見せたことのない浅城が、柔らかく目尻を下げて笑ったのだ。茶色がかった浅城の瞳には鈴だけが映っていて、初めて鈴は浅城の瞳の中に映る自分を見た。浅城の瞳の中に映っている鈴は軽く目を見開いていて、まばたきをすることすら忘れてしまっているかのようにただ鈴を見つめていた。
目の前の男は誰だ? わかっている。浅城だ。そう、あの苦手な浅城だ。そう脳が結論に辿り着いたとき、鈴は覚醒したようにパチっと深く瞬きをし、いつものように鋭く浅城をその瞳に映した。浅城はそんな鈴の変化を一瞬驚いたようだったが、またいつものように温和な笑みを浮かべた。鈴曰く「作った笑い」の。
「・・・・・・」
「その、ひどく言いづらいのですが」
「言ってください」
「・・・実はですね、忘れてしまったようです」
「え?」
浅城はびっくりなことを言ってくれた。忘れた、と浅城は言った。信じられないことに浅城は悪怯れる風もなく微笑んでいる。鈴は呆気にとられて閉口した。生徒会顧問がそれでいいのか。
「いや、でも忘れようと思って忘れたんじゃありませんよ?」
そんなこと言われなくてもわかっている、と鈴が睨みをきかしたせいか浅城は情けない、心底困ったような顔をした。いい年した大人がこれでいいのか、と思ったが、鈴はそれ以上浅城を責めはしなかった。いくら苦手な相手であろうと鈴は反省しているさらに相手を責め立てるほど冷酷な人間ではない。心なしか気まずそうにしている浅城を横目に見つつ、鈴は深くため息を吐いた。
「・・・・・・で?」
「で?」
「・・・一応、用件は済んだはずです。先生はいつまでここにいらっしゃるつもりですか?」
用件は済んだ、とは言い難かったが浅城にはもう鈴とこの場にいる理由などないはずだ。鈴はめんどくさそうに浅城を見た。手摺りに置いている白く細い鈴の右手にはめてある緑色のリングは左の手で覆いかぶされている。
「そうですね・・・・・・木村先生に呼び出されてしまっているのでそろそろ戻ります。立花さんは――」
「私はもう少しここで、」
あやうく思考に耽ってしまうところだった。鈴は内心苦笑しながら扉に向かう浅城にそう言い放った。もちろん浅城の方は見ずに。
「そうですか。この場所は風も気持ち良いですからね」
鈴は依然として浅城の方を見なかったが、心の中で肯定した。事実、そうであったからだ。浅城もそれを了承したらしく、軽く手を振って屋上から去っていった。
浅城がいなくなった後、鈴はそっと左手の指輪に触れた。鈴がはめているその指輪は今は亡き祖母から譲り受けたものだった。祖母によるとおまじないが指輪にはかかっているらしい。鈴は半信半疑だが。けれど、祖母の形見なのでいつもできるだけ身につけるようにしている。
「おばぁちゃん・・・」
いつも祖母のことを考えると涙が出そうになる。暖かい笑顔、目尻のしわ。祖母はいつも笑っていた。
「――」
「あ、立花さん! 思い出しましたよ!――確か夏目くんが探していました」
「! 先生・・・・・・は、はい、わかりました。――って、もっと早く言ってください!」
さっきまで感傷的な気分に浸っていたのに、浅城の衝撃発言のせいで、今、鈴は軽くパニックに陥っている。よりにもよって夏目なんて! ドアから半分だけにこやかな笑顔を覗かせている浅城が憎らしかった。
「あははー、すみませんでした。それよりいいんですか? 夏目くんは。それじゃあ僕は会議があるようなので」
「わ、私も失礼します!」
「ははは、頑張ってくださいね、立花さん」
そう言った浅城の目の前を鈴は目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。風が吹き抜け、浅城は腕で目を覆った。次に自分が目を開いた瞬間、浅城には鈴がもう屋上にはいないことがわかっていた。
「――立花さん、指輪は校則違反ですよ」
それでも、顔が自然と緩んでしまうのは、彼らがあまりにも可愛らしかったからかもしれない。浅城は白衣からシガレットケースを取出し、その中の一本に火を点けた。
「・・・苦っ」
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